神津にいくばぁ!の神津島ブログ

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伊豆諸島 交流団の結成へ

<伊豆諸島 交流団の結成へ>

 神津島の村は、伊豆諸島交流団「島っ子」の結成を決定した。

「島っ子」とは、伊豆諸島の子供たちが自分の住む島以外の島に行き、1週間程度の違う島生活を過ごすものである。伊豆諸島は同じ島であるにもかかわらず島同士の交流が少なく、どちらかというと各島がそれぞれ本土とのみ繋がっている、本土ぶら下がりの傾向が強いとされている。そのため、自分の住む島だけではなく、交流を通じて伊豆諸島全体を第二の故郷として考えられる能力を身につける事を目指す。

 島のの人らがそれぞれ単独で何かしらの行動を起こしたとしても、島のひとつだけではパワーは知れたものであるが、この交流団を通じて得た絆、信頼、つながりが伊豆諸島全体を通じることにより、よりよい発起になっていくことを願う。

 対象は小学1年生から中学3年生まで、月曜日の朝にその交流となる島へ到着となるように移動をする。当初は大島~神津島の5島間での交流から始め、波に乗りはじめたら、三宅島、御蔵島、八丈島、青ヶ島も含めた9島での交流を目指す。

注意:この記事は冗談です。

地域の活性化とは?


地域の活性化とは巷でよく言われていますが、
何が地域活性かなのか?どういうことを地域活性化というのか?

地元の物がよく売れる事なのか?
観光客が増えることなのか?
田舎に住んでいて儲かることなのか?

考え方によって様々な答えが出現して
答えが答えでなかったり色々だと思います。

様々な考えがある中、
明確な答えを持たない問い
「地域活性化とはなんなのか?」に
自分なりの答えを出すと、
「若者が出て行かない、出て行っても戻ってこれる環境があること」であると思います。

それはどういうことかというと、
地域に留まっている人が内部でいくら盛り上げてもにぎわっても、
留まっている人数が停滞もしくは減少していくと、
盛り上がりも継続していかなくなります。

つまり、
長期的ビジョンで考えると、
地域に留まっている人が内部的、外部的に盛り上げつつ、
次世代に引き継ぐことをしていかないと、真の活性化にはならないかと思うのです。

次世代に引き継ぐって事は、
移住してきた方に色々と引き継ぐのも手かとは思うんでうすが、
やはり、アイデンティティーというものがありまして、
故郷、親族、幼少期の思い出、方言、生活環境など、
移住してきた方には難しいものがあると考えますので、
やはり生まれ育ってきた若者に引き継いでもらわないといけないと考えます。

確かに、移住してくる方も必要だと思いますが、
もし仮に神津島に2000人程度がいきなり移住してきて、
村の選挙等、移住してきた方が好き勝手やったとしたら。
それは神津島村なのでしょうか?
表上は行政上神津島村となるのでしょうが、
心にある故郷神津島ではなくなってしまいます。
なので、移住してくる方は少人数ずつ、
なおかつ神津島に溶け込んでもらいながら、移住して頂かないと困るわけです。

さぁ、どうしたら
若者が住み続ける、いったん出たとしても戻ってくる環境にしていくのか考えなければいけません。


まずは、仕事。
田舎に共通して言われることで、
「仕事がない」というキーワードがあるかと思います。

しかし、その仕事がないって事は、
仕事がないのではなくて、儲かる仕事がないと言うことだと思うのです。

たとえば、
神津島では今、「若い漁師が足りない」と言われています。

・・・あれ?漁師という仕事があるにもかかわらず、
仕事がないといわれている現状があるではないですか。

本土の田舎で考えても、
休耕地が増えていて、農家の後継者が足りないといわれながらも、
仕事がないって言われていませんかね?


つまり、
儲からないまでも生活を出来る仕事はある。

さらに既存の仕事にとらわれず、
新たな仕事の発掘をしていけば少なからず仕事を増やすことができるのではないでしょうか?

新たな問題として
儲からないと貯金が出来ない、家庭を築けない、遊べないなど不満が出てくると予想されます。
不満が不安になり、結婚は出来ても子供は諦めようという流れになったら活性化の失敗です。
子育てが安心して出来るように、
神津島の親戚、地域の人、行政が協力して安心して子育てをできるようにする必要があります。

子育てを援助し、その子供が独立したあとは、
援助していただいた恩返しとして今度は、援助する側に回る。
独立した子供も稼ぐようになって援助する側に回る。

このようにして長期的スパンで援助される側とする側をうまく回していく制度をつくるべきなんです。


一人の人(親父)が稼いで、そのお金で子育てして、娯楽をして、家を買ってと考えると、
本土で就職して終身雇用である程度稼いでいかないといけないので、島に戻ってこれませんが、

島全体で子供を育てる、島の自然でお金をかけずに遊ぶ、家を引き継ぐリフォームしていくをしていけば、
儲からない程度の仕事でも成り立つ事は可能だと考えます。


まとめますと、


1、田舎に仕事はある。ただ、儲からないだけ
2、儲からないけど、みなで助け合う制度を作る


これに尽きると思います。
これらを基礎として考え、
個人個人が集客の努力、栽培の努力、発想の転換を行っていけば、
地域活性化になっていくのではないかと思いました。


神津島 「ふるさと募金」の募集開始

<神津島 「ふるさと募金」の募集開始>

 
 神津島ではふるさと納税ならぬ「ふるさと募金」を開始することを発表した。

これは、神津島出身者で神津島を離れている島人が島のためにお金を納めるというものだ。村の予算とは独立した会計となっており、個人の気持ちとしての形をとる。主に島の子供達への教育に使用するという。また、年間での募金総額、使用した額をホームページなどで公表し明瞭な会計とする。

 使用例として
・サッカー、野球、バトミントン、バレーボールなどの消耗品の購入
・スキー教室などの旅行費補助
・神津島関連の図書の購入
・本土の高校、大学に通う島人への学費補助
・東海汽船の持ち株集団資金(東海汽船の株を共同購入し優待券の有効利用を目指す)

などを考えている。

 
 狙いとしては、まず島を離れている島人に神津島出身という意識の向上、個人だけの利益を考えるのではなく世のため人のため意識(今回の場合は世=神津島)を育む。
 島の子供達には、島の人の支えてで色々な経験が出来ているという感謝の心、島への帰属意識などを向上さ地域を盛り上げていけるようにしていくという。

 また、5000円に付き1枚のオリジナル手拭いをプレゼントする。(送料節約のため神津島での手渡し)

  
 (振込先)
しちとう銀行
神津島支店
普通 04992×××
コウヅ フルサトボキン
 


注意、この記事は冗談です\(^o^)/

料理は文化 神津島料理教室開催へ

<料理は文化 神津島料理教室開催へ>

 神津島の村さんは、料理教室を開催するという。年に数回程度を見込んでおり、その内容は、煮シメ、あぶらき、切干芋、明日葉汁、てんぷら、しょうゆメシ、かさんば、くさや、神津うどん、魚のさばき方など島っぽいをテーマに行う予定だ。また、室内以外にも、外に出て野性的に行う計画もあるという。お年寄りの方を混ぜつつ、島の子供たちに参加して欲しいと願っている。年代を超えた交流、島への関心は高まればと期待する。


 ・あぶらき教室

 あぶらきとは、さつま芋をふかし細かくした物にちょちょいとまぜまぜして、スイートポテトの島バージョンのようなもの。畑からさつま芋の収穫を行ってから調理するのが特徴で、神津島の飢饉を救ったさつま芋の話を混ぜつつ行う。


 ・いせも・たっか教室

 いせも(しったか貝)とたっか(かに)を採って、そのまま海で味噌汁にして食べてみようという企画。自然と触れ合いながら、出汁のおもしろさ、海のおもしろさに気づいて欲しいという。



 ・刺身教室

 漁師の協力を得て、漁の時点もしくは市場から、魚を仕入れて、その魚をさばく。島の人といったら、魚ぐらいさばけなきゃでしょというなぞのプレッシャーを克服するために開催。刺身にするだけではなく、盛り付けなどにも触れ、島の腕利きの包丁使いを育てる。


 などなど、料理とともに島の特徴・文化を混ぜていき、島への愛着を育てるという。


注意、この記事は冗談です\(^o^)/

90周年を盛大に 記念式典開催へ

<90周年を盛大に 記念式典開催へ>

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 神津島の村は1923年10日1日に島嶼村町制が施行されて誕生して以来、来年の2013年10月1日で90周年を迎える。これにあたって、村では90周年記念式典を行うことを決定した。記念式典では村の長、東京都の長、船の会社の長の言葉や、2013年で90歳になるお年寄りを招待するとともに同年齢ということで記念品の贈呈、小学生による踊りや神津島の歴史を再現した演劇、中学生による合奏、有志による太鼓、鼓笛隊パレード、郷土芸能、神津島出身のシンガーソングライターのよる神津島の村の「村歌」制定、記念碑の作製など、村民が一団となって式を盛り上げる予定だという。記念式典以外にも1年を通じて90周年に絡めて、郷土資料館に「神津島の誕生から現在」というテーマで展示を行ったり、元旦の太鼓演奏、8月2日の神津島渚の花火大会、村民大運動会、などのイベントも例年より盛大に行うっていく予定だ。

 また、例年10月の第3土曜日に行われている「村民大運動会」を村の誕生イベントとして位置づけ、91周年、92周年などの年は、この運動会で何周年かを島民に周知していくという。
 
 加え、村が誕生してから何年経つかを島民が当たり前のように知るようになって行けば、島への愛着、関心は向上し、島の賑わいにつながるのではないかと期待される。

 今のところ、2013年の次は2018年に95周年にて、中規模な式典を開催予定。

この機に、神津島を旅したことない方は、神津島の地を踏みしめてはいかがだろう?


注意、この記事は冗談です\(^o^)/
プロフィール

中村圭

Author:中村圭
中学卒業まで神津島で暮らし、高校から本土へ上京。大学を卒業し、本土で働く。そして、島に戻り、島人として生活をします。

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